悪夢のような |
今朝目が覚めたら、私はしげおだった。
いや、いきなり最初から自覚していた訳ではない。髪の毛が変な感じだったけど、ちょっとした寝癖だろう、程度に思っていた。
私の、いや、世界の異変を感じ取ったのは、家族と顔を合わせた時だった。朝食のテーブルについている父と母、それに一足先に出かけようとしている弟の顔が、3人ともしげおだったからだ。
絶句した。母の「早くご飯食べなさい」という声を聞き流して、急いで鏡の前へ向かった。こんがりと焼けた肌、表現しがたいトゲトゲ頭、口元と顎に蓄えられた髭。にやついた目元。間違いない、どこからどう見ても、しげおだ。
私はしげおになったのだ。そして、家族も全員しげおになっている。
全くもって訳が分からないし、意味も分からないが、私はこれからしげおとして生きていくしか……きっと、それしかないのだろう。割とすぐに事実は受け止められた。不思議だが、しげおとしての自覚が芽生えつつあった私は、取り敢えず言う。
「お母さん、ラーメン!」
朝食(ラーメン?)を食べた私は、学校へ向かった。私立駿河屋高校、それが……あれ? それが私の高校だったっけ、まあいいや、気が付いたらここにいたのだから、もろちん、駿河屋高校が私の通っている高校の名前なのだろう。それを忘れるなんて、どうにかしてる。
下駄箱で靴を脱ぎ、「福袋は売り切れです」と書かれた購買の横を抜け、階段を上がり、3年52組の教室へ入った。
ここまで来るともう驚きはない。67人のクラスメイトもみんなみんな、当然のように、しげおだった。
「おはよ……」
挨拶をしようとして、私はためらう。違う、こうじゃない。
「ようこそ!!!」
これだ、これが正しい朝の挨拶だ。
いや待てよ、でも私はクラスでぼっちだったはずだ。それなのに、こんな陽気な声で「ようこそ」なんて言ってどうする。白い目で見られて、余計にぼっち度が加速するだけじゃないか。
しまった……。これだから私はぼっ……
「ようこそ!!!」
後悔始めていた私を尻目に、入口付近にいたクラスメイトが返事をした。すると一斉に、みんなが言う。
「ようこそ!!!」「ようこそ!!!」「ようこそ!!!」
ああ、そうか。
私は仲間になれたのだ。ここにいるのは全員しげお。私も例に漏れずしげおなのだ。
しげおになった事に戸惑いはあったけど、みんなと同じしげおになれた事で、私はクラスの一員に加われた。そう、言ってみれば、ここにいるリスナー、もとい、クラスメイト、しげおたちは、<私の友達>。
私に友達が出来た。
嬉しくて目頭が熱くなった。
涙をこらえて、私は反芻するように、
「ようこそ!!!」
ともう一度言う。何度でもこだまする「ようこそ」。
ようこそ! ようこそ! ようこそ! ようこそ! ようこそ! ようこそ! ようこそ! ようこそ! ようこそ! ようこそ! ようこそ! アオオー! ようこそ! ようこそ! ようこそ!
ここは間違いなくしげっていた。1人だけ何か違う気がしたが、あいつは唯のキチガイだから気にしたら負け。
「先生が来るぞー。席にケツ……じゃない、席につけ!」
委員長らしきしげおが、みんなにそう言った。よく見るとそのしげおは、股間が濡れているようだったが、それも気にしたら負けだと感じた。
がらり。
教室の扉が開き、先生が入って来た。と言っても、それも同じしげおなんだけれども。けれども、他のしげお達(私を含む)とは何かが違う、そんな雰囲気を醸し出すしげおだった。
そうだ、この人が「まじん」なんだなと、私は直感的にそう思った。
「ようこそ!!!」
まじんは、笑顔で私たちに語りかけた。
「お手柔らかに」
ちげぇ! しまった! こいつ、しげおの皮を被ったミスターだ!!
そんな夢を見ました。以上です。